・世間の目と監視社会
最近はいたるところに監視カメラがあって,,みたいな話を昨日書いたけど, 考えてみれば,日本の場合,伝統的に「世間の目」という監視システムが存在 していたんだよなぁ.
一昔前だと「こんなことをしたら世間様に顔向けできない」という理由で個人 の欲望に歯止めがかかると共に,一年356日顔を合わせる隣近所の目によってお 互いの行動が相互監視されていた結果,「治安のいい日本」が成立していたよ うな気がする.
そういった「世間の目」や「隣近所の目」という監視システムが崩壊した現在 においては,物理的な監視カメラという存在は必然なのかも知れない.
さらに言うと,「世間の目」や「隣近所の目」は観察者の主観やうわさ,デマ といった尾ひれがつくことがしばしばあるけど,監視カメラの物理的な目はそ ういった主観的判断は一切排除できるし,必要ならば訂正や消去も可能なので, むしろありがたいかも知れない.
ある意味,欧米の情報社会論に出てくる「ビッグブラザーによる監視社会の悪 夢」というのは,日本のような伝統的な相互監視社会から見るとかわいいもの なのかも知れない.